『土砂降りの池袋だった。』

何日かまえの土砂降りの夕立の日に、池袋の西武にある詩の専門店「ぽえむぱろうる」に、詩のイベントのフリーペーパー「ポエトリー・カレンダー・トウキョウ」を貰いに行く。

何でも次の号で終刊だそうです。ご愁傷さま。。

いままで数々の誤情報で、死紺亭のアタマを悩ましてきた、この情報紙だが、今号でもやってくれた。

詩人・立原道造(1914−1939)が第一回中原中也賞受賞詩人になっている。

おい! 中原中也賞は、2005年の今年で10回目の賞だよ! 勘弁して下さいYO!
http://www.e-hon.ne.jp/bec/SC/PrizeInform?SHOUCD=344

中也賞と言えば、久谷雉くんなど「過渡期ナイト」に来てくれるひとたちの受賞やノミネートが多い。(小笠原鳥類さんも受賞は逃したが、ノミネート。)

そうやって考えれば、立原道造くんの背後霊も「過渡期ナイト」に来ていて、その霊が中原中也賞を受賞したのかも知れない、と、どうでもいい一行を記してみました。

中原中也賞は、山口県メセナ事業だが、選考委員・荒川洋治が編集を務める出版社の詩集「いまにもうるおっていく陣地 」(蜂飼耳)が受賞したときには物議をかもした。

それって、税金使って、手前味噌をうるおしてるって話じゃんね。(賞金も安くないぞ。怒れ、山口県民!)

○○賞を受賞って言うと、それだけで買うひとたちは、少なくなったと言えど、確実に存在するわけだから。

あと、「いまにもうるおっていく陣地」は、そんなにいい詩集でも、ない。

またワセダ・ストリートの事情通の死紺亭兄さんがぶっちゃけると、要するに、蜂飼耳さん(女性)は、当時の荒川洋治さん(早稲田大学文学部非常勤講師でした。)の、よくデートしているお相手だったのです。

ま、そのデート代を経費で落とそうって腹で、自分の出版社・紫陽社から、詩集を一冊だして、オマケに自分が選者の中也賞を取らせちゃったりした訳だ。

実は、最近の死紺亭は、こういう事件には、意外と寛容である。ま、政治力って、そういうことじゃんね。しかし、根に持って絶対忘れないのも、私だ。

しかし、アレだなー、この手の出来事は笑えないからイヤだなー。

宗左近先生のシュールな市川市の市歌のように、爆笑できる現代詩の話ってそんなにないのだなー。(宗左近先生のこの手の話は、専売特許が他にいらっしゃるので、ここではしません。)

それにしても、詩のために行くことが多いとはいえ、何だか池袋は苦手な街だ。
NHK教育の児玉あゆみをインタビューしていた絵本作家さんは、池袋でタムロってたとか。
うーん。なんだか、いまでもいるブクロの若者を思い出して、困る。
池袋はブクロ、西武の書籍専門店はリブロ。ちょっと韻を踏んでみた。

という訳で、ワセダ・ストリート専門のみなさまのための掲示板「過渡期ナイトBBS@暫定版」はコチラである。
http://free2.milkypal.net/f-bbs/BA-1/freedom.cgi?mm=k_night&mode=bk

ぢゃ、俺はそこの角で、お茶を飲んでいるから。またな☆